Taken on 2023 #465

2023.09.14
2023.09 - Haraoka Beach, Minamiboso, Chiba
2023.09 – Haraoka Beach, Minamiboso, Chiba
Sony α7Riii + Voigtlander MACRO APO-LANTHAR 65mm F2 Aspherical

– 眠り続けてほしい私の最高傑作 –

私の家のリビングには額装された1枚の写真が飾られています。夕焼けに染まった鎌倉七里ヶ浜の海の真ん中にちょこんとサーファーが写っていて、写真を始めた頃に撮れたお気に入りの1枚。そしてこの写真が収められた額には一つだけ、他とは違うちょっとした仕掛けがあります。

話は少し逸れますが、私が写真を撮りに出かける時は一人でふらっと街に出るか、妻と二人かのどちらかです。後者の場合、今でこそ一緒に写真を撮る事が多いものの、以前はせっせと撮るのは私だけということが専らでした。いつだったか、妻と、その時は珍しくついてきた娘の3人で千葉の外房の海沿いにある小さな町に訪れた時の事で、二人はお土産を買いに町で人気の古い和菓子屋さんに立ち寄り、私はその間近くにある古い神社をぶらぶらしながら撮っていました。程なくして買い物を終えた二人が神社に向かって来るのが遠目に見えたのでなんとなくカメラを向けてみると、娘はさっと画角から去り、妻はその場に立ち止まりました。ファインダーの中には棒立ちで上着のポケットに手を突っ込み、片方の腕には和菓子屋のビニール袋がかかっていてちょっとぶっきらぼうな表情をしている妻が写っています。その姿を画角の中心に置いてから少しだけピントリングを回し、何回かシャッターを押しました。本当に、なんとなく。普段は後ろ姿とか歩き姿を被写体にすることはちょこちょこありますが正面を撮ることはあまりなくお互い何かぎこちない感じだったのを覚えています。

帰宅後にその写真を見返すと、当たり前なのですがその時の風景のまま撮れていて、「これ、凄い良いじゃん」と私。妻に見せると本人はとても嫌がり「そんな事ないでしょ、ほんと良いよ、これ。これまでの最高傑作だわ」と言っても機嫌が悪くなるばかり。これ以上は流石によろしくないなと、その時はそれまでにして話を切り上げました。

その後、暫くしてからこれまで撮った写真のお気に入りをプリントして部屋に飾ろうと思い立ち、幾つか選んで大中小適当にサイズを指定して印刷を発注、それぞれの額も揃えて部屋に飾ったものの1枚が冒頭の海の写真となります。この時、発注した写真の中に件の妻の写真も混ぜておきました。A3サイズにプリントされたその写真を妻にも見せましたがもちろん怒られてしまい、飾るなんてもってのほかでさっさと処分しろという勢いです。私は私でこんなに良い写真を処分なんてとんでもない、と。少し考えて、額装した海の写真の裏に重ねて忍ばせることにしました。表に出ることは決してありません。私の最高傑作は誰にも見られることなく額の裏で眠り続けるのです。

我々夫婦は40代も半ばに差し掛かろうかという頃合いで、この先の後半生に関する話もチラホラ出てき始めました。そしてまだ全然先のこととは思っているものの、やがてお別れする時が必ず来ます。仮に妻が先に旅立った時、私はきっと、この額に入っている2枚の写真を入れ替えるでしょう。そして在りしのあのぶっきらぼうな表情を眺めながら楽しかった「今」を思い出してあなたに思いを馳せることでしょう。仮に私が先にお別れした場合、もし寂しいと感じた時には願わくば私の撮った写真を見てほしいと思います。そこに私はほとんど写っていないでしょうが、私が心を動かされた数々の何かが写っているはずです。「綺麗だね」と言い合いながらあなたと一緒に見た景色も沢山あるでしょう。「美味しいね」と言い合いながら一緒に食べたご飯もあるでしょう。そこにおかしなものが写っていれば何でこんなの撮っているんだと笑ってください。そこにあなたが写っていても何でこんなの撮っているんだと怒らないでくださいね。毎日見ても飽きないように何千枚、何万枚と残しておきますね。

ただ、私が死ぬまではこれは私のものです。今後、長い長い時間をかけて少しずつ、あなたと私のために私の半生の図録を作っていきます。

これが、私の写真を撮る目的です。

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