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カメラと私の話

「幻の橋」

そう呼ばれる橋が存在することをご存知だろうか。

最近ではテレビなどのメディアで取り上げられる事も多いその橋は、糠平湖という北海道十勝地方の北に位置するダム湖のほとりにある。現在は廃線となってしまったが元々は伐採した木材を運搬する鉄道のために湖に架けられた橋で、季節や水位により完全に水没することがあるためこのように呼ばれるようになったそうだ。この橋に行くには車両の通行が規制された林道を通る必要があるため、事前に役場に車両通行許可の申請した上で車で行くか、かなり離れた所から徒歩で行くか、あるいは地元のNPO法人のガイドツアーに参加するか、の3つしかない。

私は東京でIT関係の仕事に就いている。27歳の時にエンジニアとして現在の会社に転職して十数年、今では管理業務、所謂プロジェクトマネジメントの方がメインになりつつあり、加えてここ数年は直接の職務とは異なる別の業務も兼任するようになった。その関係で札幌を訪れる機会が多く、年間で秋から翌年の初夏にかけてひと月に2、3回の頻度で出張している。大抵は1泊で行くが多少の余暇があったとて市内中心部から離れることは無く適当に過ごしていた。けれども2019年シーズン最後の出張の後はそのまま休暇を取り、2日程滞在してふらふらと道内各地を回る事にした。特に何か見たかった訳でもなく、何となく、そうした。どこに行こうかと事前に調べている時にたまたま橋の存在を知り、そしてすぐにNPO法人のガイドツアーに申し込んだ。

ツアー当日、その日の参加者は10名ほどだったと思う。集合場所で簡単な説明を受けたあと2台のバンに分乗しまずは湖畔まで移動する。車中ではリュックから一眼レフカメラを取り出して準備したり道中の風景を撮影している方が多かったが、当時私はiPhoneしか持っておらず「せっかくの幻の橋なのに自分は貧弱な装備しかないな」と如何にも強そうな装備を纏った方々を少しだけ羨ましく思っていた。そんな事を考えている内にバンは湖畔に到着し、そこから先はガイドの方が引率し徒歩での移動となる。ガイドの方曰く、訪れた6月下旬にしてはめずらしく水位がほとんどないとのことで、湖岸を伝って湖の底まで下りることができダム造成時に伐採されたであろう木の切り株の間を縫い10分ほど歩いて橋まで近づいていく。

歩みを進める毎に徐々に顕わになるその橋の姿は、正に幻想的だった。約80年もの長きに渡り補修される事もなくそこに存在し続けているコンクリート製の建造物はもはや朽ちかけており、曇天の空模様も相まって言いようのない孤独な雰囲気が感じられた。点在する切り株と幾何学的なアーチ橋というその非日常的な風景に感動し、気がつけば貧弱な装備ということなどすっかり忘れ多くの写真を撮り、そしてこの感動を伝えようと撮影した何枚もの写真を家族に送った。一眼レフカメラが欲しいとはその時は全く思わなかったものの、この旅で以降に訪れた場所ではいつもより多くの写真を撮っていたので、きっと自分の中で写真に対する何かがこの時に芽生えたのだと思う。

その後、十勝の雄大な牧草地や美瑛の風光明美な丘を巡り、あるいはアイヌ民族の資料館を訪れその文化に触れるなど、とても充実した一人旅となった。そして旅の最後に日高地方の海沿いにぽつんと建つカフェに立ち寄り、そこで何気なく撮った今にして思えばなんでもない一枚が自分にとっては何故かとても印象的で、撮った後も良い写真だなあと何度も見返していた。結果として考えるとこの1枚の写真がその後にカメラを始める大きな要因の一つかもしれない。

旅を終えて帰京した後もしばしば撮影した何枚もの写真を見るなどしてるうちに少しずつカメラに対して興味が生まれ始め、やがてカメラ系のWebサイトやら機材紹介の動画などを見るようになりセンサーサイズがどうたらとかF値がなんたらというごぐごく基礎的な事を知り、気がつけばオリンパスのミラーレス機を買っていた。しかもまあまあの上位機種を、である。初めての撮影は増上寺のキャンドルナイトというイベントだったが使い方も良く分からず一眼レフカメラを持った他の方の見様見真似でとにかく撮っていた。

その後は毎週末くらいの勢いで東京都内の他、関東近郊に写真を撮りに行っている。主には妻と二人で。余談だが、義務教育を終えた我が子は友達と遊んだりする方が楽しいらしく誘ってもついてくる事はほぼない。会社の部下や同僚にこの話をするとまるで引退後のようだと揶揄されるが、これはこれで楽しい。行きたい所に行って様々な風景を見てその写真を撮って回り、その土地の美味しいものを食べる。素晴らしいではないか。そして、カメラの使い方や撮り方も少しずつ覚えながら現在に至る、という感じである。ちなみに最初のオリンパスは購入して1ヶ月で妻の手に渡り、ソニーのフルサイズ機を中古で買い直すという経済観念のぶっ飛んだ頭の悪いカメラ遍歴も持っている。

北海道の旅で撮ったこの2枚の写真が無ければきっと今もカメラに興味を持っていなかっただろう。今後の大きな楽しみの一つは家族皆で幻の橋とあのカフェに行き、そして「最強の装備」で再び写真を撮ることだ。その時は子供も一緒に来てくれる事を切に願っている。
(40代男性 会社員)

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